♪ 誰もが (2008.8.31) ♪
演奏会が終了し、お客様をお見送りした後の終わりの会での写真です。
その時の茂木先生のお言葉から・・・。
『誰もが歌ってよい合唱団』!
先生が今回の演奏会を終え、その魅力をお話しして下さいました。
合唱をやったことがある人もない人も、楽譜が好きな人もどうしても嫌いな人も、
音程やリズムをとることが得意な人も苦手だと思う人も・・・・、
それでよいのだと!
そんな一人一人が集い、助け合う、そして一つの物を作り上げ感じ合う、
それこそが大切なのだと!
『誰もが歌ってよい、誰もが歌える合唱団』!
という茂木先生のお話でした。
胸がいっぱいになりました。
ありがとう、『合唱』!
ありがとう、『Voice』!
そして、
ありがとう、『この素晴らしい仲間たち』! |
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♪ 素敵なメッセージ (2008.12.7) ♪
お陰様で無事に終了いたしました、佐野第九演奏会。
お祝いのメッセージをいただきました。
不安定な社会にあって、
皆様の歌声が勇気と希望、生きる喜びを与えるものでありますよう・・・。
ベートーベンの『第九』には
交響曲1番から8番までの全8曲の音楽と理念が集約されている、
と言われています。
人々の心を熱くし、温かい人の輪を作ってくれる由縁でもあります・・・。
演奏会に集った皆の心が感動でいっぱいになりました。
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♪ 『戴冠ミサ』の部屋 ♪
その①
(2009.1.25)
~『ミサ』ってなあに?~
キリスト教の最も重要な典礼(儀式)のことを『ミサ』と言います。
『○○ミサ曲』という言い方もよくありますよね。
つまり、
『ミサ曲』=『ミサ(儀式)に伴う声楽曲』
ということになります。
『ミサ曲』は一定の決った文言に曲がつけられています。
ですので、
作曲された時代背景が異なっても、歌詞そのものはいつも一定です。
『ミサ曲』全体は、おもに5~7曲で構成されています。
では、その5~7曲ってどんなもの?
では、『ミサ』の頭についている『戴冠』って?
そうそう、この曲を作曲したモーツァルトって?
次回をお楽しみに。
今現在を生きる私達日本人にとって、
時代も地域も社会も大きくことなる、モーツァルト作曲の『戴冠ミサ』
でも、佐野市民合唱団Voiceの皆と一緒に手を取り合いながら練習を重ねていると見えてきます。
今現在を生きる私達日本人にとっても通じ、共感できる素晴らしい何かが・・・。
さあ、私達Voiceとご一緒に!
その②
(2009.2.11)
~『ミサ曲』の構成って?~
ミサ曲の基本的な構成要素は5曲、
①キリエ
②グローリア
③クレド
④サンクトゥス
⑤アニュス・デイ
です。
では『戴冠ミサ』の『ベネディクトゥス』は・・・?
4曲目の『サンクトゥス』の後半部分(1部分)として1つにまとめられていることが多いようです。
『サンクトゥスとベネディクトゥス』
と、”and”で表記されていることも多々あるようです。
そして最後にもう1つ。
『イテ・ミサ・エスト』という、ミサの終わりを告げる曲もあります。
しかしこれは、作曲された時代や地域がわりと限られているようです。
さて、大変大まかなお話でしたが『5~7曲』と書かせていただいた意味、
無事、お伝えすることができましたでしょうか・・・?
次回からは①~⑦の決まった文言(歌詞)や内容にふれてみませんか?
少し知って歌う『ミサ曲』、より、親しみがわきますね!
その③
(2009.2.17)
~『Kyrie』~
『キリエ』は『主よ憐れみたまえ』という意味のギリシャ語からきています。
『憐みの賛歌』とも呼ばれているのもこのためです。
では、この『キリエ』の歌詞『憐み』、皆さんはどのように感じていらっしゃいますか?
越智先生のご指導に、
『「憐み」とは「かわいそうに思うこと」、「ふびんに思うこと」というより
「共にいる」、「一緒だよ」という前向きなプラスの気持ちがつまった言葉なのですよ』
というお話がありました。
そう考えると時代や地域をはるかにこえ、
私達の日常生活と『キリエ』の音楽が何だかとても近くに感じますね。
ハ長調で本当にシンプルな和音と旋律なのに、
ひとたび曲が始まると、この上ない豊かな色彩・・・。
『Credo』を手中におさめつつ、『Kyrie』を深く深く・・・!というチャレンジはいかがでしょう。
2か年計画の2年目らしい取り組みかもしれませんね。
その④
(2009.3.1)
~『Gloria』~
『グローリア』はラテン語の『栄光』という意味です。
『栄光の賛歌』、または『大栄唱』、『天使の賛歌』等とも言われます。
『天には神に栄光、地には善意の人々に平安』で始まり、
神とキリストへの讃美と嘆願が続きます。
そして、『・・・栄光ありて、アーメン!』と結ばれる内容です。
このちょっとした内容を知るだけでも『キリエ』とは異なる、
荘厳かつ華麗な曲想が思い浮かんでくる気がします。
オーケストラの演奏も全くくもりのないハ長調のⅠの和音でスタート、
堂々とした雰囲気が大いに感じられますね。
とても壮麗で、自信にあふれているソリストと合唱、オーケストラの演奏が、
辻端先生がおっしゃった、『モーツァルトの1・2・3!の法則』にぴったりです。
また、越智先生のご指導の中には先生がおっしゃった『グローリア』のキーワードもあります。
曲をたどりながら越智先生のお言葉を拾うと、
『輝かしく、瑞々しく、時には温かく優しく柔らかく包み込むような・・・。
日本の歌舞伎役者が『ミエ』をきる様もあり、切迫の時も涙の時も・・・。
祈る気持ち、愛する気持ち、温かくうっとりと抱きしめられている・・・。』
となります。
凛とした中にも温かさが感じられる『グローリア』、素敵ですね。
なお
ヴィヴァルディやプーランク等、『グローリア』のみを独立した作品として作曲した例もあります。
その⑤
(2009.3.1)
~『Credo』~
『クレド』はラテン語で『信じる』という意味です。
『信仰宣言』等と言われ、神を信仰する喜びを表現しています。
曲がとても長くて、歌詞も複雑、
合唱団にとりましては大変やりがい!のある曲です。
『信仰する喜びを表現』するためにはかなりの時間がかかるかも知れません。
でも、まっすぐで強固ではっきりとしていてという、
曲全体に感じられる何にも左右されないその真の強さは、本当に魅力的です。
同じハ長調でも、『キリエ』や『グローリア』とはまた違った決然としたしたものを感じます。
(合唱の出だし2小節は全パート、リズムも音も皆同じですね)
長文のためここでは紹介しきれませんが、日本語訳と楽譜とを一緒に眺めてみると、
曲名になっている1番大切なメッセージ、
『Credo(in)』が隠れている(省略されている)のが読み取れます。
そしてまたそのフルセンテンス、
『Credo in unum Deum』が
曲の最後の最後、アーメンコーラスの中に出てくるのもこの『クレド』だけです。
この現象はミサの典礼文にもありません。
先程と同様、典礼文と楽譜もまた一緒に眺めるとまた
新鮮な発見があり、歌うことへの励みになります。
豊かな表現にもきっとつながりますね。
『信じることの喜び』だなんて、とても親しみがわきませんか?
その⑥
(2009.4.1)
~『Sanctus』~
『サンクトゥス』はラテン語で『聖なる』という意味です。
神への感謝を捧げ、その栄光を称える賛歌、『感謝の賛歌』です。
(冒頭で『サンクトゥス』を3回唱えるので、和訳では『三聖頌』とも言われています)
『信じることの喜び』をまっすぐに自信をもって表現しきって終わった『Credo』に続き、
前奏なしで始まる、合唱とオーケストラの最初の『Sanctus』のハーモニーは
本当に荘厳で素敵です。
この最初のハーモニーを耳にした瞬間、
万感の思いで天を仰ぎ見たくなるような・・・、そんな気がしませんか?
その、『そんな気が・・・』が楽譜の中にも少し見てとれます。
前半3曲の合唱最初のハーモニーは、ハ長調のⅠの和音(ドミソ)でした。
どまんなかで直球!『Credo』にいたっては全てのパートが主音(ド)で同じでした。
ところがこの『Sanctus』、
最初のハーモニーを聴くと今までの3曲とは少し異なった印象をうけませんか?
同じⅠの和音(ドミソ)でも、それが少々くるっと転回し、
5度離れた”ドソ”の上に”ミ”がのっています。
このほんの少しの和音の変化よって生まれてきた『Sanctus』の最初のハーモニーは、
まるで天まで届くかのような、崇高で上へ上への新しい広がりを生み出し、
神への感謝の気持ちをより一層高めてくれている・・・、
なんだかそんな気がしませんか?
『Credo』から『Sanctus』へ、
音符のないこの時間もまた『聴きどころ&腕の見せどころ』かもしれませんね。
その⑦
(2009.5.1)
~『Benedictus』~
『ベネディクトゥス』はラテン語で『幸いなるかな』という意味です。
短い賛歌で、普通『サンクトゥス』とあわせて1つの曲にまとめられることが多いです。
ミサ曲はミサ通常文に音楽をつけたもの、と以前お話させていただきましたが
歴史的にいくつかの習慣があります。
時代により厳格になったり緩やかになったりしますが、
現代の目から大まかに見れば、『ガイドライン』ととらえられるのかもしれません。
例えば『クレド』の『Descendit de caelis』を下降音型、『Ascendit in caelum』を上昇音型に、
3日目によみがえりの『Ressurexit in tertia diae』を3重唱に、
なども同類でわかりやすい表現ですね。
また『グローリア』は華麗に、『ベネディクトゥス』は静かで美しく、なども通例ですが、
これらは約束事というより歌詞の内容からの必然といえるでしょう。
言葉と音楽の結びつき、つながり・・・、
このことをいつも心で感じ、私達Voiceのミサ曲をより一層輝かせませんか?
その⑧
(2009.5.18)
~『Agnus Dei』~
平和を祈る歌、『平和の賛歌』です。
後年のオペラ『フィガロの結婚』の伯爵夫人のアリア、
『美しき日はどこに?~Dove sono i bei momenti?~』と非常によく似た曲です。
弱音器を付けた弦楽の上に美しい旋律が流れます。
続いてあらわれるのは、ソリストの方々がおりなすうっとりする4重唱、
そしてそれはあの『キリエ』のメロディ!
越智先生がおっしゃった、
『共にいる、一緒だよ』という、とても前向きな気持ちの詰まった曲『キリエ』の旋律に
『平和の祈り~dona nobis pacem~』という歌詞が重なる・・・、
なんて素敵なんでしょう!
そしてソリストの4重唱からバトンを受けるのは、私達合唱団。
私達が歌い始める所には『spirito』と書かれています。
辻端先生もおっしゃいました。
『spirito!』、『意志をもって!』と・・・。
それは『祈りから実現』へと変化していくような、大きな力を感じるような気もします。
ゆらぐことのないこのまっすぐな気持ち『dona nobis pacem』を、
私達の声『Voice』を通して正々堂々と自信を持って届けませんか?
地球上すべての人々へのメッセージで歌いあげる『戴冠ミサ』、
感動のフィナーレを。
その⑨
(2009.6.1)
~『”戴冠”の由来』~
この『戴冠ミサ』は1779年3月、モーツァルト23歳、ザルツブルク時代に作曲されました。
その後まもなく、そのザルツブルクで初演されたようですが、
曲名にある『戴冠(式)』という呼び名は作曲者がつけたものではありません。
後にいつの頃からかそう呼ばれるようになったようです。
(いわば『あだ名』です)
その由来となっている2説を紹介いたしましょう。
【説:1】
ザルクブルク郊外にあるマリア・プライン教会の『奇跡の聖母子像』のために毎年行われる、
『聖母子像戴冠記念式』のために作曲されたことに由来しています。
この母子像は、色々な奇跡の出来事を起こしたとして過去に戴冠(即位)しています。
以後、毎年その『戴冠(即位)』を祝う式典が行われていました。
このようないきさつから『戴冠ミサ』となった、という説です。
【説:2】
作曲の約10年後の1790年(モーツァルトの死の前年)、
オーストリア皇帝レオポルト2世の戴冠式が盛大に行われました。
その一環としてこのミサ曲がウィーンで演奏されたので、
それ以来『戴冠式ミサ』と呼ばれるようになった、という説です。
【1】は昔からの定説、【2】は近年言われるようになった説のようです。
なお、余談ですがモーツァルトの作品で『戴冠式』と呼ばれている曲がもう1つあります。
『ピアノ協奏曲第26番ニ長調』です。
この曲は上記【2】のレオポルト2世の戴冠式が行われていた時期に作曲され、
自身の企画演奏会で初演されたため、そう呼ばれるようになりました。
(戴冠式の席上に演奏されたものではないようです)
その時、世の中はどんな状況だったのでしょう?
その時、作曲家は何を思い、何をしていたのでしょう?
音楽の『その時』を知ると、聴くことも表現することも楽しく豊かになりますね。
♪ オーケストラ(2009.7.1) ♪
ギリシャ劇においては舞台と観客席の間をいい、コーラスと器楽奏者のための席をさしました。
今日的な意味での『オーケストラ』は17世紀以降のヨーロッパで発生し、発展しました。
『オーケストラ』とは、器楽合奏の大規模な形態を意味し、
弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器の組み合わせからなります。
(数や組み合わせは時代により変化してきました)
後期ロマン派の時代には、規模が100人を超えるまでになりましたが、
その後はむしろ小さくなりました。
現在では、その規模よりも多様性に特徴が見られるようです。
ちなみに、シェーンベルク作曲『グレの歌』(1911年)は、
オーケストラ143人、5人の独唱、3組の男声4部合唱、混声8部合唱を用いる、
最大規模の編成だそうです。
おしまいに、新聞記事の中で見つけたオーケストラのお話を。
『・・・忍耐、自尊心、自己表現力、協調性、コミュニケーション力を養う共同体であり、
それは社会の縮図でもある・・・』
(4月の朝日新聞より)
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